武士の家計簿

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1日元旦に観に行ってきました、『武士の家計簿』
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江戸時代末期、加賀藩の「御算用者」(ごさんようもの、現在の日本における地方公共団体の会計管理者にあたる)を担っていた猪山家。その8代目・猪山直之のもと、膨大に膨れ上がった猪山家の借金返済に一家を挙げて奔走する姿と彼らの家族模様、そして藩内の政争や幕末維新の動乱に否応なく巻き込まれながらもそれを乗り越えてゆく直之と息子・成之や家族の姿を描いた作品である。原作は2010年9月時点で20万部。
監督は森田芳光で、石川県金沢市などの各地で撮影が行われた。舞台となった石川県では2010年11月27日に県内の6映画館で先行上映が行われた。 キャッチコピーは「刀でなく、そろばんで、家族を守った侍がいた。」。
(Wikipediaにあったあらすじ)
最近、映画会社で時代劇を作ってきた世代が引退してしまい、昔ながらの殺陣や衣装、演技指導のノウハウが失われつつある(あるいは、失われている)。
そこで技術の継承という意味もあって、こういう新しい形の時代劇が作られている側面があるのかなと思います。
お話しとしては、「経理部の若手社員が社内の不正を発見してしまい、上司に報告するも握り潰され、左遷の憂き目に?」と言われると全く普通のサラリーマン年代記である。
それが加賀藩のご算用場での話であり、背広が裃になっただけなので非常に分かりやすい。
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こういう映画のキモはお話しの展開ももちろんのこと、それ以上にどれだけ「時代考証がきちんとできているか」が大きな問題となる。
(正確に言えば、「時代考証がきちんとできている風に見せられるか」だが)
たとえば『偽札』という映画があったとすると、偽札をめぐるハラハラドキドキのサスペンスという物語がもちろん重要となる。
しかしそれ以上にきちんとしてもらいたいのは、「偽札の制作過程」でもある。
そこをどれだけ「それっぽく」見せられるかが映画としての面白さを大きく左右するといっても過言ではない。
この『武士の家計簿』の場合だと、算用場を描くにあたってまず若手が早くにやってきて墨を摺る。
皆がそろばんをはじき出したら、お茶を用意して皆に配る。
上役がやってきたら「おはようございます」と一斉に挨拶する。
お昼になったら帳面を閉じ、三々五々に顔を寄せてお弁当を食べながら雑談に興じる。
こういうところを丁寧に見せられると、映画の物語としての信用度がグンと上がるし、様式が異なるだけで人間のそのものは変わらないわけだから現代の会社風景と重なって共感が得られることになる。
そのため映画の前半は非常に面白い。
見栄や慣例にとらわれず、合理的に、そして物事に誠実にあたる猪山直之(堺雅人)の姿にわくわくさせられる。
また息子・直吉(長じて成之)に幼少時から家計をやらせ、「お金との付き合い方」を徹底的に叩き込む教育姿勢も、多くの大人を共感させられるものだと思う。
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ただ映画の後半が、前半の丁寧なつくりとは違い、かなり急ぎ足になってしまう。
話の狂言回しとなっている成之は大村益次郎の元で働くことになるのだが、具体的に何をやっているのかよく判らない。
軍隊というのは大量の兵士を動員し、目的地まで展開させ、そして実際に攻勢をかけるまでを細かく計算するものである。
部隊編成・集結地・作戦軸・攻撃目標などを、すべて事前に策定しなければ集団を動かすことはできない。
それはたとえば正面幅で五歩、縦長区分二十五人を第一線におき、直協部隊何人、戦略何個師団、後方兵站、予備兵、本部兵……といった具合となる。
こういった計算を数時間単位で割りだし、さらに集結広場の確保、物資の搬出伝票、宿舎わりあてなどと、おそろしいほどのこまやかさで決めてゆくものだ。
映画の冒頭で少しそういうシーンがあるがそれは平時の話であるから、乱時はどうなるかというのを成之のエピソードとして一つだけでも、雰囲気だけでも描いておけば「父から受け継いだもの」を完全に消化できたのになと思う。
ただこの物語は、祖父・父・子という三代にわたる男たちの伝記的なお話しであって、それが江戸から明治への時代の変化と重なって描かれている。
経理というのは数字を合わせてそれを次に引き継いでいく仕事である。
金勘定を正確にやるのは一種の職人芸であり、そこには私たちの生活を支える真摯な態度がなくてはならない。
お金と誠実に向き合う姿勢がなければ、いつかその組織は必ず破綻することになるからだ。
そのことが祖父から父へ、そして父から子へと引き継がれていく「家の誇り」ときちんと同調している。
そのため、いかにもな感動的シーンよりも、何気ない普段の描写で涙をすすりあげる音がそこかしこから聞こえることが多々あった。
みんな、それぞれ自分の家族や職場の、日々のちょっとした記憶と重なってしまうのだと思う。
というわけで、なかなか面白い作品でした。