馬鹿な男

知り合いの話なのだが。
その彼の名をA君としよう。
A君は既婚者であって、Bさんという女性と浮気している。
そのBさんには、A君以外に本命の彼氏がいる。
ある日、A君はBさんの家の引っ越しを手伝っていたそうである。
するとBさんの携帯電話に着信があり、彼女はこそこそと別の部屋に入って話し始めた。
相手はBさんの彼氏であった。
そしてA君は私にこうのたまうのである。
「俺、悲しくなっちゃって……。俺はこんなに彼女のことを好きでいるのに、彼女にとっての男は俺だけじゃないんだなって。こんな風に今一緒にいるのに、明日には別の男のところにいるだろうなって。彼女は俺のこと、愛してなかったんだ……。それが悲しくて……」
そう言うと、A君は大人びた表情(とっくにいい大人なんだが)でふっと笑って、遠い空を見つめた。
目に涙をためているように見える。
なんじゃこいつ。
「え? 彼女が明日には別の男とって……。きみはその当日夜には、嫁さんに会ってるだろう?」
「それは違う。妻とは同志のようなもので、恋愛とかそういうのじゃない」
「そ、そういうものかなー」
「俺たち夫婦は、もうそういう恋愛関係じゃないってことは、彼女もよく知ってることなんだよ。それなのに……」
「で、どうしたの」
「彼女にそれを言ってやったんだ。そしたら彼女も悲しそうな顔してた」
「へー」
A君は「悲しみを背負った男」風に格好をつけていた。
別に浮気してたことをバカらしいとは思わないが、こんなことを話して私の共感を得られると思ったのだろうか。
何かひと言いってやりたい気もするが、A君の自分自身にひたりきった顔を見ていると、こりゃ話が通じないなと感じた。
そう、世の中には話の通じない人間というのがいる。
そういう人と話すのは時間の無駄なのである。
馬鹿との戦いには、神も敗北する。ドイツのことわざである。