宮崎駿『終わらない人』その2

もう誰も気にしてないと思いますけど。

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先日からずっと、宮崎駿を追ったNHK『終わらない人』のことをちょこちょこ考えていて、急に「あっ!」と思い至りました。
あの、宮崎駿ドワンゴ川上量生氏を罵倒するシーン。
あれは「人間の尊厳」とか「生命への賛歌」といった話ではない。
 
というのも、スティーブ・ジョブズ人間性を説明するエピソードに、「1週間前、ボロクソに罵倒した社員のアイデアを、翌週のプレゼンでさも自分が考えたかのように話しだす」というものがあった。
本質的にそれと一緒だと気づきました。
 
実は宮崎は、発達したCG表現に「大きな影響を受けた」。
その心の中の激動を、ジョブズは相手を罵倒する(笑)という形で表現し、宮崎駿は相手を説教する(笑)という形で表現しているのです。
だからあれは、宮崎駿の中にある「制作欲」という名の暴れ馬が甲高くいなないた瞬間なのです。
 
その証拠に、宮崎は番組の中で長編企画書を鈴木敏夫に見せている。
ジブリはもうアニメーターをすべてクビにしてしまってるので、宮崎は鈴木に「どんな錬金術でもいいからお金をかき集めてください」と言った。
既にジブリの優秀なアニメーターは四散している。
最近『君の名は。』や『この世界の片隅で』など、日本のアニメーションの表現の質が上がっているのは、ジブリの人材が流出したからです。
 
3年前、宮崎駿が『風立ちぬ』で燃え尽き、手書きによる長編アニメはもう無理だと考えたのは本当でしょう。
CGではまだ自分のやりたい表現ができないと思っていたのも本当でしょう。
そして、四散したスタッフをもう一度、自らの手元に集めることが困難なことも分かっていたでしょう。
 
しかし『毛虫のボロ』を作ってみて、宮崎は現在のCGアニメが苦手とする「計算から外れた表現」(物理法則もしくは最初に設定した造形を無視する動き)でも、自分の手を入れることで比較的容易に実現できると悟りました。
制作期間を逆算しても、自分に残された時間で「一作はイケる」と踏んだ。
 
鈴木敏夫がどのタイミングで川上量生に声をかけたのかは不明ですが、宮崎がCGになんらかの可能性をつかんでいるのを見て、とりあえず「今できること、プレゼンしてよ」とかなんとか言ったのかもしれない。
で、川上氏は川上氏で「人工知能のバグで、おかしな動きになっちゃって」「ゾンビゲームに使えるかなと思いまして」なんてものを持ってきてしまった。
 
これが、まだ「もうオレに長編は無理やで……」と宮崎が思っていた時期であれば、あんなにキツく罵倒しなかったでしょう。
宮崎にとって川上氏は「鈴木さんがかわいがってる奴」だし、なんだかんだで頻繁に交わっていたはず。
「こんなのオレに見せてどうするんだよ(笑)」くらいで終わったかもしれない。
川上氏のプレゼン冒頭のノリは、そのくらいでなければありえない雰囲気を醸していました。
 
しかし宮崎の中では、既にCGを呑み込んで新たな長編作品を完成させる夢が広がっています。
全国から一流のスタッフをかき集め、強引にひっこぬき、どう進めれば自分の思い通りに動かせるかを計算し始めています。
「こうやって、ああやって、オレがガンガン手直しして、あいつらにこのくらいやらせて……」
と『風立ちぬ』であんなに反省したのに、また大量の人間を自らの犠牲にして「美しいもの」を作り上げてやるぞー!!という構想に夢中になっている最中なのです。
 
だから宮崎は怒った。
生命がどうとかいうのは、本当に言いたいことではない。
「バカヤロー!なんだこれは!『今すぐ使えるやつ』を持ってこんか!!」
そしてもうひとつ。
「こいつらは技術を『正しく」使うやり方が判ってない!このバカどもが!!」
というのが、あの怒りの真意ではなかったかと想像しています。