教育は「結果」でなく「過程」を見せる

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長男が毎日せっせと積み木をしている。
そしてしょっちゅう「一緒に積み木!一緒に積み木!」と言ってくるのだが、テーマは毎回同じ(病院や幼稚園をつくる)であり、ついつい大人のスピードで積み上げてしまって、非常につまらなそうな顔をされてしまう。

そこで時間稼ぎをしようと「積み木を作る前に、どんな建物にしたいか、絵を描いてみたら?」と提案した。

「それいいね!」

彼は落書き帳などに構想を図案化(というほどのものではないが)してから積み木をするようになった。それが3日ほど前。

すると急激に構造化しだしたというか、3日前と比べると明らかに複雑に組み合わされるようになってきた。

3日前までは「こんな風に積むと格好いいよ」などと見せても「へえ、すごいね」で終わりだったのに……。
「自由にやれ」では教育にならない。
そうか、「結果」を見せるのではなく、「過程」を自覚させれば良かったのか。

ひょっとしてこれが「教育」というものか、と驚愕している。