ゲーセンからゲームが消えてゆく

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ごくたまに外出中、ほんの20~30分の時間が持ち重なりしてしまうことがある。
そうした時はふとゲーセンに立ち寄りたくなるのが人情というものだ。
俺の祖母は福岡で駄菓子屋ゲーセンをやっていた。
俺は幼稚園~小学校低学年にかけて、ばあちゃんの家に行けばゲームをやりまくっていた。
当時既に古くなった「ギャプラス」や「ディグダグ」「ラリーX」などを置いてあるような駄菓子屋ゲーセンだったのだが、中でも古すぎる「スペースインベーダー」だけは、孫の特権としていくらでも遊んでいいことになっていた。
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契約のこととかよくわからんが、それだけがメーカーに上前をはねられない基盤であった。
そして小学校高学年にかけて、繁華街に行くといえば、煙草をくわえた不良学生がたむろするゲーセンにおそるおそる入ったものだった。
薄暗い店内にはずらりとテーブル型のゲーム機だけが並んでいた。
最近はアップライト型が主流だが、そんなものはまだなかった。
店の奥の自動販売機の明かりに照らされて、変形制服を着て煙草をくわえたにいちゃんたちが、マンガを読みながらこちらを睨みつけていた。
当時のマイフェイバリットゲームは「グラディウス」「青春スキャンダル」「源平討魔伝」「バブルボブル」などであった。
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開店と同時に店に入り、コナミのバブルシステム起動音を聞くのも好きだった。
このくらい書けば、判る人にはどんな時代だったか判ってもらえるだろう。
中でもバブルボブルは一人プレイでステージ100に達してすーぱーどらんくを倒したにもかかわらず、ザッピングされて涙を飲んだくらいにはまったものだった(2人同時プレイじゃないとオールクリアできなかった。腹が立ったので次のプレイではもう100円投入してひとりで2人プレイを敢行し、ようやくエンディングを見た)。
中学に入るとゲーセンはその妖しさを増した。
体感ゲーム、大型ゲームが普及しはじめたのである。
「アウトラン」や「スーパーハングオン」のような爽やかな大型ゲームもいいが、「ミッドナイトランディング」「TX-1」「サンダーブレード」のような、怪しいゲームが好きだった。
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テーブルなら「ラスタンサーガ」「怒号層圏」「エイリアンシンドローム」とか。「沙羅曼蛇」よりも「ライフフォース」みたいな。
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奥の麻雀コーナーではスーパーリアル麻雀PIIが、大人たちから無情に100円をむしりとっていた。
どのくらい無情かというと、2巡目で国士無双をぶちかましてくるという冷酷さであった。
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当時は店の管理もゆるく、店員が基盤のディップスイッチをいじってコイン増加させて遊んだりしていた。
いいなーなんて思って見てたら、「ロストワールド」をコイン20状態で遊ばせてもらい、コンティニューしまくれるものだから、いきなりエンディングまで行ってしまったこともあった。
もしこれが「大魔界村」だったら、コイン20くらいじゃどうにもならなかっただろうが。
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「ギャラクシーフォース」をすぎて「R-360」になったあたりが、俺にとって最後のピークだった。
ゲームは急速に俺の手から離れていってしまったのだ。
当時ゲーセンに何が起こったか。
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それは「ストリートファイターⅡ」の出現だった。
それまで「1ゲーム1筐体」だったはずのゲーセンが、ストⅡだけは何台も置いてあるようになった。
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俺は格闘ゲームの波に乗れなかった。
それなのにストⅡと来たら、ダッシュだのスーパーだのエクストラだのと次から次へと新バージョンになって襲ってきた。
「テトリス」の出現はほんの少し、格闘ゲームを押し返す力があった。だからといって「テトリス」が何台も置かれるなんてことはなかった。
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みんなが必死で昇竜拳を打っているのに、俺ははしっこでうち捨てられたようになっていた「空牙」や「ニュージーランドストーリー」を遊んでいた。
「ワルキューレの伝説」をすぎたあたりから、ナムコが明らかに迷走し始めていた。
もうキャラクターアクションの時代ではないかのようだった。
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俺は「バーチャファイター」も「サムライスピリッツ」も「キングオブファイターズ」も嫌いだった。
もちろん、俺からゲームを奪っていったストⅡは大嫌いだった。
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次第に、ゲーセンに行っても一番奥にしか興味がなくなった。
そこがどのゲーセンでも稼働率の悪い、流行から取り残されたシューティングやパズルゲームの定位置だったからだ。
先日、ものすごく久しぶりにゲーセンに入ったら、ほとんど全てがストⅣと鉄拳6とバーチャ5だった。
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一番奥に行くと、オトメディウスがあった。
吉崎観音のデザインがやたらかわいくて、俺は悲しくなった。
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俺は100円入れて、オトメディウスを遊んだ。
イージー設定だからだろう、初めてなのにやたら進んだ。
ところがステージ4で突然画面が消えて、ネットワークのエラーがどうこうと表示され、Windowsのデスクトップが表示された。
なんじゃこりゃと思って店員に聞くと、「すいません。調子悪いんですよ、これ」と言った。
コナミのシステムはWinベースだったのか。
店員は申し訳なさそうに、ゲームをやり直してもらうか、100円を返却するか選んでほしいと言った。
俺はもういいと言って、ゲーセンを出た。
もう一度やり直す気にはなれなかったし、他に遊べるゲームもなかった。
俺はこれから、ちょっと時間のある時、どうやって時間をつぶせばいいんだろうと思った。