強制的ダイエットメニュー
友人と街を歩いていて、そろそろ腹が減ったな、という話になった。
適当に何でもいいや、と一番近い食いもん屋をさがしたんだが、夕飯時でどこも一杯であった。
もうこうなってきたら、空いてればどこでもいい。
そういう話になってきた。
阪急岡本駅の前の坂道を降りていくと、某ビル2階の窓に「喫茶・軽食 定食あります」の文字があった。
店内がガラス越しに見えている。
「空いてるみたいだ」
「よし。あそこに行こう」
階段を昇り、その店の前に二人で立つ。
確かにガラスのドアに「営業中」の札がかかっているが、店内は妙に暗い。
そして何よりも、店全体が抗い難い負のオーラを放っている。
「本当に……いいんだよな?」
「ま、まあ、いいんじゃない?」
と言いつつ、どちらも先に足を踏み出そうとしない。
するとガラス越しに我々に気付いた店のおばちゃんが、私たちにニッコリ頭を下げた。開いている飲食店に人間が居るのは当たり前なのだが、その時我々は、正直ホッとした。
入ってみると、他の客はいない。他の店はどこも一杯だったのに………。
とりあえず、窓際の一番豪華なソファの席に座ることにした。
座り心地は悪くない。
おばちゃんが水とおしぼりを持ってやって来た。
「御注文は?」
おばちゃんはさっき、にっこり笑って頭を下げたくせに、いざ面と向かうとやる気がなさそうだった。
テーブルに置いてあったポップ型のメニューを見る。
- コーヒー(アイス、ホット)
- 紅茶 (ミルク、レモン)※アイス、ホット選べます
- オレンジジュース
- カレーライス
- 親子丼
「これだけ?」
「これだけ」
………これだけ………か。
メニューを裏返してみるが、何もない。シンプルなメニューだ。
窓に貼ってあった「定食あります」はどうなったのだろうか。
「じゃあ、カレー」
「親子丼」
「はい、カレーに親子丼」
おばちゃんはカウンターの方へと帰って行った。
店内を見渡すと、どうやらあまり掃除をしていないようだ。
スイッチの消えたテレビの上は、ホコリで真っ白になっている。
振り返ると、背後に大きめの、相当旧式のカラオケマシンが置いてあった。
衛星とかレーザーとかでなく、懐かしいカセットテープを使うタイプだ。
曲名を見ると「ラバウル小唄」だの「買い物ブギ」だの、『映像の世紀』でしか見たことないようなタイトルしかない。
ここは戦前でストップしてるのか?
おばちゃんが手ぶらでこっちへやって来た。
「お兄ちゃんら、ごめん。カレーできるほど御飯なかったわ。」
「え?」
私たちは顔を見合わせた。
「じゃあ、親子丼で」
「ごめんなー」
カレーができないと言うから親子丼と言ってしまったが、カレーができない量であれば、それはもう親子丼もできないと思うのだが………。
カウンターを見ると、おばちゃんが親子丼の用意をしているようである。
しかしその動作は、カウンターから上しか見えないにも関わらず、ものすごくぎこちないのが解る。
鍋に鶏肉とネギを切り、割り下を煮始めているようだった。
閑散とした店内から、人通りのある外を黙って眺めていると、カウンターからいやなつぶやきが聞こえてくる。
「アチ! あちゃあちゃ、あちゃあちゃ」
「あっ、しもた!」
「ああ、どないしよう」
お金を取って食事を出す者としては、どうにもあるまじきセリフを連発している。
「あ、あのー………」
「ゴメンな! もうすぐできるから!」
「いや、そうじゃなくて………」
その時、店の電話がジリリリリリン!と鳴った。
アナログ全開のダイヤル式である。ここは戦前の店なのだから当然である。
「え? あ? ど、どうしよ」
おばちゃんが大慌てになっていた。
我々は善人であるから、困った人を見るとほうっておけずに立ち上がった。
「おばちゃん、火を見とこうか」
「え? そう? ごめんなあ」
私たちはカウンターの中に入った。
煮られている材料を見ると、肉もネギも異様にデカい。これは水炊きかと思うほどであった。
まさかとは思うが、親子丼を作ったことがないのでは………。
電話は大したことのない内容だったようだ。すぐに終わった。
「ありがとうな、後はおばちゃんやるわ」
「あー、いや、その……。もうちょっと手伝うわ」
「えっ」
「別にええやろ」
「あ、そーお? ごめんなー」
あっさり引き下がりすぎだろう。
結局我々は、自分で注文し自分で作って自分で食べるという、超セルフサービスな外食をしてしまった。
それも、御飯半人前というダイエットメニューで。
またこの店に来ることがあるだろうか………。
無いような気がした。
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