乳幼児連れのパリ旅行11(4日め・ヴェルサイユ宮殿)

乳幼児連れのパリ旅行11(4日め・ヴェルサイユ宮殿)

前回からの続き。ラスパイユから戻って朝食をすませると、朝9時すぎになっていた。
この日はヴェルサイユ宮殿を見物に行く。

アパルトマンを出て西に歩いた。ヴェルサイユに行くため高速地下鉄に乗らなければならない。結構遠い。
時刻表を調べると、路線の関係でアンヴァリッド駅から乗ると良いようだ。今回の旅はほんと、Google Map様々である。
 

オルセーをすぎると、ケードルセーという通りがある。
 

ここはフランス外務省があり、そのことからフランス外務省もまた「ケードルセー」と呼びあらわされることが多い。国会議事堂周辺の政治業界を「永田町」と呼んだり、講談社などを「音羽」と呼んだりするのと同じだ。

私は大学生の頃から自分しか読まない趣味小説を書いている。
それはケードルセー(フランス外務省)とバルハオセプラッツ(オーストリア外務省)の政治的暗闘を描いたものなのだが、実を言うとどちらも実見したことがないままだった。
ずっと想像で書いていたので、実際にケードルセーに来て「こんな感じだったのか……」と勝手にひとり感慨深いものがあった(笑)。
 

これがケードルセーにあるフランス外務省の建物。『ベルサイユのばら』に出てくるフェルセン侯爵もここに出入りしていたのであろうか。

さて、パリの高速地下鉄RERである。

地図の通りにアンヴァリッド駅(Gare des Invalides)に行ったのだが、最初に行った地下入口は切符自販機も窓口もなく、改札しかない場所で途方に暮れた。ここじゃないのかと地上に戻るも他の入口が見当たらない。
 

最初に見つけた「アンヴァリッド駅」入口。アレクサンドル三世橋のたもとにあった。

何せこちらはベビーカーを押している。地下に降りるのはひと苦労なのである。
セーヌ川に沿ってうろうろして途方に暮れるが、どうしようもない。
後から考えれば最初からタクシーに乗って駅に行けば良かったのだが、このときはそういう知恵も思い浮かばなかった。
仕方ないので道行く人に尋ねた。

最初に声をかけた人は、「自分もフィンランドから来たばかりで分からない」とのことだった。
観光大国!

次に、いかにも地元で散歩中、というおじさんに声をかけた。
こちとらフランス語はもちろん、英語も話せない。筆談と身振り手振りである。
おじさんはすごく親切で、わざわざ切符自販機のある地下改札のある場所まで案内してくれた。
自分も日本で同じことがあれば親切にしようと改めて決意したのであった。
 

こちらが正解。アンヴァリッドの敷地の東側にある

で、やっと見つけた切符自販機だが、どうやってもクレジットカードが使えなかったり、切符を買った後も改札が切符を飲み込んでしまって開かなかったりなど面白いことはいろいろあった。
(妻と下の子が通過した後、私と上の子の切符が改札に入っているにもかかわらず扉が開かない。駅員はどこにもいないし、誰に言えばいいのかも分からない。大変申し訳ないことだが、ある方法を使って改札を通り抜けることにした。というのも、パリの地下鉄は入口と出口が分かれていて、出口は切符いらずの自動ドア形式になっているのである。妻に出口の前に立ってもらい、センサーを反応させて出口から入ったのだった。本来はいけないことなのだろうが、キセル乗車をしたわけではない)

ヴェルサイユ=シャトー(Versailles Château Rive Gauche)駅につく。駅から宮殿は見えない。
 

ヴェルサイユ駅。
自転車ごと電車に乗り、自転車に乗ってホームを行く。日本ではなかなかお目にかからない光景。

駅を出て右に曲がり、まっすぐ歩くと左手の遠くに宮殿が見えてくる。おおっ。来たか!と思う。
門前で簡単な持ち物検査を受けて敷地内に入る。
しかし宮殿前で呆然。待ち行列が超広い宮殿前の広場を埋めている……。
 

待ち行列。長すぎてこれでも一部。全てを写真に収めることはできなかった。

途中、子供かトイレに行きたいという。
左手の建物にトイレがあると案内があり、行ってみたら2人分しかなかった。この来場数で足りるわけないやろ(怒)。
ミュージアムパスは使えるが、優先入場はない。ひたすら並ぶ。途中雨に降られたりもした。
 

ぐるーっと並んでようやく門前。ここからまだまだ長かった。

延々と待って、ようやく中に入ることができた。
 

入口をようやく入った宮殿の真正面。みんなせかせか進んでしまうので、意外と空いて見える。

中は……まあ、豪華絢爛である。
 

これを建てたのはルイ14世で、「もう俺パリ市内は嫌だからこっちに住むわ」と決めたんだけれども、この時宮殿内のいろんなルールを定めた。
それは起床から就寝まで、食事、執務、散策など全てを儀式化して決まった時間に行うもので、しかもそれら全てを臣下と民衆に公開していた。
 

貴族をベルサイユという田舎に強制移住させ、水のない地に無理やり10キロ離れたセーヌ川からポンプと水道橋を使って水を引き込んだ王の圧倒的な力を示すため、誰でも宮殿を見学自由だったのである。

毎日の儀式は「王が何やってるか見れば、今何時か分かる」という厳格なもので、これのせいで後にルイ16世の妻マリー・アントワネットは、初夜も出産も数十人の貴族に見物される羽目となった。
(生まれる子が不義の子ではないと証す意味があった……)
 

かなり美化してこれだから……のルイ14世。
有名な「鏡の間」。

彼女は元々ウィーンの宮廷人(マリア・アントワーヌ)であり、マリア・テレジアに愛されつつ、言ってしまえばもっと「人間的な環境」で育った。
それが持ち物の全てを放棄させられ、着ていた服すら引っぺがされて(国境でそういう儀式がある)フランスに入り、旧知の人がいないひとりぼっちでこんな異常空間でやっていくことになった。
 

マリー・アントワネットの寝所。前方に貴族たちが挨拶(見物)するための椅子が並んでいる。

実際、先のルイ15世は父の作った異常生活が嫌で、ルールを曲げてプライベート空間を作っている。
彼女もまた宮殿内に農園風の小さな家を作って住むようになった。
こっちが普通の感覚だな。
 

宮殿を出ると、敷地内に列車が走っていてプチ・トリアノンなどを周遊できるのだが、もう子供たちの体力が限界。また日本でもモンブランで有名でアンジェリーナによる喫茶室があるので、行ってみたかったがこれもパス。
 

敷地の入口にあったルイ14世像。狛犬みたいなたたずまい。

あきらめて帰ることにした。
(続く)